ビフォアアフターという話

最近はそうだなぁとしみじみ感じています

考えてみれば当たり前のことなんだけれども、どうせ生きていくならば 自分が生まれる前と後とでは 少しでもよくなっている方がいいにきまってる。基本の考えにそういうことがあったりします。

そう考えた時に、じゃあ自分が何をしてちょっとだけよい世界を実現するのかをすこし掘り下げて考えてみると結構面白いかもしれない。
(普段あまりしないのだけれども)

例えばそれが、画期的な機械の開発だったり、ちょっと便利になる アプリケーションの制作だったり、安い流通ルートの構築だったり、なんでもいんですけれど、それらが自分が携わる前よりも 少しでもいいものを提供できるようにすることが 存在価値なのです。

既存のものと比べて良いものだったがらその差額分だけでも価値がありますからね

付加価値と 一般的には言うけれども 何が付加価値で、 それが本当に 普遍的な価値があるものなのか、 相手側にとって価値のあるものなのか、 自分勝手な勘違いをしていないかを、 きちんと見極めておかなければならない。

まあ こう考えること事態が自分勝手なことなのかもしれないけれども

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